(このページにはプロモーションが含まれています)
はじめに
こんばんは。
皆さんいかがお過ごしでしょうか?
自粛明けで本格的に仕事がはじまり、忙しい日々を過ごされている方も多いかと思います。
観光も様子を見つつの再開ですが、感染に気をつけて、この時代なりの楽しみ方ができれば良いものです。
そんな今回は宮城県仙台市にある「仙台城(青葉城)跡」についてです。(写真は2015年に訪れた時のもの)
実は青葉城は会津鶴ヶ城と「あれ」が一緒なんです。
仙台城(青葉城)跡とは
宮城県仙台市の青葉山の高台に築かれた平山城です。
自然の要害を生かして、初代藩主伊達政宗公がつくりました。
天守閣の無い城でしたが、明治時代の取り壊しや火災で、今は石垣と再建の櫓を残すのみとなっています。
ちなみに現在二ノ丸跡は東北大河内キャンパスに、三ノ丸跡は仙台市博物館となっています。
(博物館と青葉城はかなりの高低差があるので驚きます。)
会津若松城(鶴ヶ城)とのつながり
同じ東北、そしてお隣の県ということで、青葉城と鶴ヶ城にはいくつかのつながりがあります。
まずは、仙台藩主伊達政宗公。
実は伊達政宗公は、一時期会津藩主でした。
しかし奥州仕置の時に、秀吉の命で黒川城(当時の鶴ヶ城の名称)を明け渡すことになり、一年余りの短い会津支配に終わったようです。
次に幕末、戊辰戦争時の「奥羽列藩同盟」
共に佐幕派として、新政府軍と戦いました。
土井晩翠と青葉城そして鶴ヶ城
冒頭でお伝えした青葉城と鶴ヶ城にある「あれ」とは土井晩翠氏が作詞した「荒城の月」の歌碑です。
荒城の月は、唱歌の懸賞の応募作品として滝廉太郎氏が作曲した作品。
その楽曲に仙台出身の作詞家 土井晩翠が作詞しました。
なぜ青葉城や鶴ヶ城にその歌碑があるのか。
それは、明治生まれの晩翠が修学旅行で鶴ヶ城跡を訪れた際に荒れ果てた姿を目にして、故郷の青葉城と重ね合わせ、そのイメージをもとに詩を書いたから。
晩翠のおかげで今でも青葉城と鶴ヶ城はこの歌碑でつながり、それぞれ毎日決まった時刻にその寂しげなメロディを城跡に響かせています。
(自分はとても切なく悲しいけれど美しさも感じ好きな歌です。鶴ヶ城では15時に行った時に流れていました。)
※荒城の月歌碑は作曲者滝廉太郎の故郷大分県竹田城にもある。
様々な「荒城の月」が収録されているオムニバスCD、自宅でのんびり楽しみたい↓
青葉城見どころ
伊達政宗公 騎馬像
青葉城といえば、な政宗像。けっこう高さがあります。なのでお顔があまり見えない。
青葉城資料展示館
城の当時の豪華絢爛な姿が再現されたCGシアターがみどころ。伊達政宗公の映像作品も上映されていて、その人柄に触れることができます。
2015年当時はなかったですが、現在VRゴーというサービスを行っており、VRゴーグルを着けながら青葉城跡を巡ると、当時の姿を体感できるようです。
楽しそうですね...!
(体験時間20分程 VRゴーグルは展示館にて貸出)
その他展示品や、土産店もあり勉強にもなり、楽しめます。
宮城県護国神社
こちらも敷地内にあります。前回参拝してないので、今度行ったらしたい!
日本料理「仙臺」
青葉城敷地内にある食事処。
当時お寿司のセットを食べまして、とても美味しかったです。
ずんだ餅も絶品...!
メニューにはご膳、はらこ飯や牛タン定食などもあるようです。
青葉城(仙台城)跡 アクセス
仙台駅よりシティループバス「るーぷる仙台」に乗車25分程度るーぷる仙台料金 大人260円(1日券 630円 地下鉄共通1日券 920円)
おわりに
今回は仙台市にある「青葉城」と会津「鶴ヶ城」のつながり、なかでも土井晩翠作詞の「荒城の月」について書いてきました。
自分個人的には、晩翠が会津若松に「修学旅行で訪れて...」というエピソードに昔(明治時代)から修学旅行ってあったんだ...!と驚きました。しかも行先も今とおそらく似ている..笑
コロナが落ち着いたら、宮城県だと「松島」にも行きたいなぁ、とうずうずしています。
他にも「白石城跡」なども行きたい。ずんだシェイクも飲みたいし。
それでは、話は尽きませんが今回はこの辺で。お読みいただきありがとうございました!
最後に青葉城から見た美しい風景を載せておわります。
今回出てきた会津鶴ヶ城を深堀り..!
funachii.net
記事を気にいっていただけましたら登録お願いします✨
参加中